生後1ヵ月頃からの赤ちゃんは、熱や咳などの症状はないのに鼻をつまらせて息苦しそうにすることがあります。そんなとき、赤ちゃんは自分で鼻をかむことができないからこそ、ママやパパが適切な対応をしてあげることが大切です。
自宅でケアすることはできるのでしょうか。また、受診する場合はどのようなときなのでしょうか。多くのママやパパがその使い方に苦慮する、鼻吸い器の上手な使い方もあわせて、小児科医であり、小児耳鼻咽喉科医である木村康子先生にお聞きしました。
ーーまず、赤ちゃんの鼻の構造についてお聞かせください。大人の鼻とどう違うのでしょうか。
木村先生
赤ちゃんの鼻の穴はとても小さく、鼻の骨もまだ十分にできていないので、とてもやわらかくて弱いです。鼻腔内は複雑に入り組んだ構造をしています。大人よりも鼻の粘膜が非常に敏感で、気温の変化など少しの刺激で鼻水が出やすくなったり、鼻がつまったりするという特徴があります。
さらに、生後2ヵ月頃までの赤ちゃんは口呼吸ができません。鼻呼吸でしか呼吸ができないため、ひとたび鼻がつまってしまうとおっぱいの飲みが悪くなってしまったり、機嫌が悪くなったりすることがあります。
ーー鼻水はどこに、また、なぜ発生するのでしょうか。
木村先生
鼻水は粘膜全体から分泌されます。私たちが吸い込んでいるこの空気は一見すると透明できれいに見えますが、空気中にはさまざまなゴミやウイルス、ばい菌が浮遊しています。そういった目に見えないゴミやウイルスを体内に取り入れないようにして、きれいな空気を肺に届けるためのフィルターの役割をしているのが鼻水です。つまり、鼻水は体内に悪いものが入らないように洗い流して外に出そうとする正常な防衛反応であり、常に鼻の中は湿っていて、鼻腔内に鼻水があるのは当たり前の状態なのです。
ーー鼻水は、鼻腔内に常にあるということですね。
木村先生
はい、そうです。ただ、鼻水が溜まって困る場所があります。それが副鼻腔です。副鼻腔とは鼻腔のまわりにある空洞で、本来は空気だけで充たされているお部屋なのですが、ここに鼻水が溜まってしまうと、「副鼻腔炎」という感染症の病名がつきます。副鼻腔炎になると、鼻水は中鼻道という溝を通り、喉の方に流れていきます(写真)。こうなると痰がからんだり不快な咳が続いたり、さらに気管へ流れると気管支炎や肺炎になったりする場合もあり、医療機関を受診する必要が出てきます。
ーー鼻水が溜まったとき大人は自分で鼻をかむことができますが、赤ちゃんは自分で何ができるのでしょうか。
木村先生
くしゃみですね。生後2ヵ月頃までの赤ちゃんはくしゃみ反射がとても強く、ティッシュで「こより」を作ってコショコショっと鼻を刺激してあげるだけで、くしゃみと一緒に鼻水が出る場合があります。くしゃみは、赤ちゃんの鼻呼吸を守るための大切な原始反射なのです。
ーー生後2ヵ月頃までは鼻呼吸しかできないことや自分で鼻をかめないことを考えると、赤ちゃんの鼻づまりは放置せずに、鼻吸い器で鼻水の排出をサポートしてあげることがいかに重要かがわかりました。一方で、鼻吸いの姿勢に悩まれるママやパパがたくさんいます。どのような姿勢が良いのでしょうか。
木村先生
最も重要なのは、鼻が吸えるかどうかよりも赤ちゃんにケガをさせないことです。頭や手足が動かないように、大人ふたりがかりで行うのが安全です。
利き手で鼻吸い器を持ち、もう一方の手でおでこをしっかりと固定します。もう一人は赤ちゃんの手をにぎりながら足も一緒に押さえてあげるといいでしょう。
一人で吸引する場合は、赤ちゃんの頭をご自身の二の腕のあたりでしっかり固定し、その手で赤ちゃんの両手をにぎります。足もバタバタと動いてしまう場合は、ご自身の足で赤ちゃんの両足をはさみ、固定してください。
寝かせたまま吸引する場合は、人差し指と親指で吸引器をはさみ持ち、他の指で頬を固定します。体が大きく動いてしまう場合は、赤ちゃんに覆い被さる姿勢になり、腕で赤ちゃんの肩を押さえながら吸引するといいでしょう。
ーー鼻吸い器を鼻にあてる際に理想的な位置や向きはありますか。
木村先生
鼻の穴に向かってまっすぐにあててください。そして、向きを変えるときは必ず縦方向に動かしていただきたいです。鼻の入り口にはキーゼルバッハ部位といって、粘膜のすぐ下を毛細血管が網の目のように密集した場所があります。この場所はとても傷つきやすいので、鼻吸い器を左右に動かすだけで鼻血が出てしまうことがあります。
また、奥にある鼻水を吸い出したいからと鼻吸い器を横にねじったり押し付けたりすると、鼻を傷つけるだけでなく、おうちでの鼻の吸引自体を嫌がって鼻吸い器を見ただけでも逃げる子になってしまう場合もあるので気をつけていただきたいと思います。
ーー鼻吸い器を使うかどうかは、どのように見極めると良いのでしょうか。
木村先生
まずは赤ちゃんの鼻の中を観察していただきたいです。鼻水が見えていれば、吸ってあげましょう。鼻水が固まってしまっているようなときは顔を洗った後の方がいいですね。水っぽい鼻水が出ている場合は、全部吸い切ろうと思わなくて結構です。ある程度吸って、また溜まってきたら吸うようにしましょう。
ーー取れるだけ取ってしまいたいと思ってしまいますが、一度の鼻吸いにかける時間の目安はあるのでしょうか?
木村先生
5秒以内です。鼻を吸っている間、赤ちゃんは息を吸えないと思ってください。ときどき蛇口を捻ったみたいに鼻水がずっと出てくることがありますが、どんなにズルズル出ても、一度の鼻吸いにかける時間は5秒以内にしましょう。
一一5秒……結構あっという間ですね。一度に取りきれなかった場合は、どのくらいの間隔をあければ鼻吸いして良いのでしょうか。
木村先生
そもそも鼻吸い器で取れている鼻水というのは、この辺り(写真)にある鼻水です。鼻の前半分程度しか吸えません。真ん中あたりの鼻水は数十分、後ろ半分にある鼻水は、数時間経つと動いて出てくる場合があります。ですから、まだ奥の方にあると思うときには、少なくとも数十分は間隔を空けたほうがいいですね。
ーー1日の中で、鼻吸い器を使うベストなタイミングはいつでしょう。
木村先生
お風呂上がりです。お風呂で鼻の中が温まり、加湿されているので鼻水が出やすく吸引しやすいです。逆に、最も適していないのは起床直後です。朝は副交感神経優位な状態から交感神経優位に切り替わることで、鼻づまりが起こりやすくなります。この時間帯は、鼻吸いをしてもなかなか出てこないことが多いです。朝、鼻がつまっていて苦しそうだからどうしても吸ってあげたいというときは、蒸しタオルで赤ちゃんの鼻を温めたり、首の据わっている赤ちゃんであれば顔を洗ったりしてから吸引しましょう。
ーー新生児期の赤ちゃんでも自宅で鼻吸いをして良いのでしょうか。また、病院を受診した方がいい状況についても教えてください。
木村先生
新生児期の赤ちゃんは鼻でしか呼吸できませんので、新生児期の赤ちゃんこそ、ご自宅で鼻吸いをしてあげた方がいいですね。受診した方がいい目安は、まず、鼻水が黄色いときです。黄色い鼻水は、細菌やウイルスに感染している可能性があるからです。他には、母乳やミルクの飲みが悪かったり、寝つきが悪かったりするなど、普段と異なる様子があるときです。こういった際は鼻呼吸ができず、苦しんでいることが考えられます。また、赤ちゃんが不機嫌なときも受診しましょう。鼻詰まりだけではなく、中耳炎が見つかることもあります。ときどき「熱はないのですが、鼻詰まりだけで受診しても大丈夫ですか?」とお問い合わせくださるお母さんがいらっしゃいますが、もちろん大丈夫です。少しでもいつもと違う変化を感じたら、小児科または耳鼻科を受診しましょう。
ーー生まれてから生後2ヵ月頃までの赤ちゃんは鼻呼吸しかできないというのは驚きでした。赤ちゃんにとって鼻がつまっていることは、大人以上に苦しいことなのですね。
そうなんです。だからこそ、「ただの鼻づまり」と思わずに、鼻吸い器でやさしくケアしてあげてくださいね。
木村康子
木村小児科クリニック院長。医学博士。日本小児科学会専門医。日本アレルギー学会専門医。日本東洋医学学会漢方医。
東京女子医科大学医学部卒業後、東京慈恵会医科大学附属病院、東京慈恵会医科大学青戸病院、都立母子保健院小児科、国立小児病院二宮分院、木村耳鼻咽喉科小児科医院勤務を経て、木村小児科クリニックを開院。小児だけでなく保護者の方の診療も行い、地域医療に尽くす。