ライターの藤沢あかりさんのお子さんが、肌身離さず持っていたぬいぐるみのお話です。
長女の写真を見返すと、ある時期からずっと、いつも同じパンダの人形が写り込んでいることに気づきます。なんて書くとホラーみたいですが、今回は娘のお気に入り人形の話です。
パペット(手をはめて指人形遊びができる)タイプのぬいぐるみのパンダで、上野動物園で買ったもの。わが子に向けて買ったわけではなく、まだ、おなかに娘がやってくるずっとずっと前、仕事でたまたま動物園グッズを撮影する機会があり、その際に買い取ったものでした。なんとなく家に置いてあったものに、娘が興味をもちだしたのは、1才になる少し前くらいの頃だったでしょうか。
命名パンダちゃん。いつしか娘にそう呼ばれるようになり、気づけば相棒として、いつも一緒に過ごすようになりました。
これまでに落としたことは数知れず。そのたびに探し回り、そして必ず見つかりました。
バスに置き忘れたこともあれば、熱海からの新幹線に置いてきたこともありました。どこで落としたかまったくわからず、途方にくれて歩き回っていたら、家の近所の垣根に誰かがおいてくれてあったことも。上野動物園で落としたときは、もうダメかと思いました。なにしろパンダのホームタウン。同じような人形の落し物は山ほどあるだろうし、ほかのパンダ好きの子どもに拾われてしまっているかもしれません。でも、そこでもうちのパンダちゃんは無事に帰ってきてくれました。
娘と2人で大阪の実家に帰省するため、駅に向かっていた途中で落としたときにはかなり焦りました。駅についてふと見ると…ない!!!!でも、パンダなしで大阪に向かうなど、丸腰で関ヶ原に行くようなものです。2才の子どもを連れての帰省、それだけでも心折れる道中なのに、迫る新幹線の時刻。見つからないパンダちゃんへの不安。必死のダッシュで家までの道のりを引き返し、道端に落ちていたパンダちゃんを見つけた瞬間、どれほどホッとしたか。無事新幹線に間に合ったときは涙がにじみそうでした。
娘とパンダちゃんが家族となり、一緒の暮らしがすっかり染みついた頃、あるとき取材で、「doudou(ドゥドゥ)」の存在を知りました。フランスでは、生まれたときにぬいぐるみを贈り、赤ちゃんの頃から一緒に過ごす習慣があるのだそうです。
日本の保育園や幼稚園では、「ぬいぐるみはお留守番ね」と言われることも多いですが、フランスでは一緒に登園するのが当たり前。朝、「doudouは持ってきた?」と先生が確認し、専用の収納スペースまであるのだとか。泣きやまないときやお昼寝のとき、子どもが心から安心できるdoudouの存在が助けてくれるんですね。
片時も離さず、寝るときも一緒。欧米では赤ちゃんの頃からひとりで寝るのが一般的だと聞きますから、doudouの存在は、子どもにとってはもちろん、親にとっても、どれほど支えになることでしょうか。
つまり、doudouは自立を育み、親のことも助けてくれる大切な育児のパートナー。これを知ったとき、うちのパンダちゃんはまさにdoudouだったのか…!と思いました。
そういえば初めての一時保育でも、保育園でも、最初のうちはずっと「泣いていましたが、パンダちゃんを抱くと安心していました」「ここにいるから大丈夫だよ、とバッグにいれておくと納得したようです」「今日はパンダちゃんなしでもお昼寝ができました」などと連絡帳に書かれていました。
慣れない場所や初めて会う人、わたしに怒られたとき、転んで痛い思いをしたとき、うれしいとき、悲しいとき、すべての感情は、パンダちゃんと一緒に味わっていた気がします。まさにライナスの毛布です。
ママ友たちのあいだでも、娘の「パンダちゃん」は有名で、それなりに大きくなってからも、「いつもパンダを持っている子」という認識だったと思います。
そんな娘も、現在小学3年生。ここ1年ほどでしょうか、いつの間にか、お出かけにパンダちゃんを連れていくことはなくなってしまいましたが、毎年撮影している家族写真を見返すと、去年もパンダちゃんは一緒に写っています。 さて、今年はどうなるのかな。
よれよれになったパンダのぬいぐるみを見ながら、ここに染み込んだ初めての子育ての汗や涙を思い、ついおセンチになってしまうわたしがいます。
PROFILE
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編集者、ライター。衣食住や子育てなど暮らしまわりを中心に執筆。主流・傍流にこだわらない視点で丁寧に取材し、分かりやすい言葉を使って伝えることがモットー。2012年、2017年、どちらも夏生まれの2児の母。
https://www.instagram.com/akari_kd/
(制作 * エチカ)