カメラマンの大畑陽子さんが、第一子を帝王切開で出産した際のエピソードです。
私は第一子を予定帝王切開で出産しました。予定帝王切開とは言葉の通り手術の日にちを決めて、その日に帝王切開を行うことです。
理由は子宮筋腫の手術歴があったから。一度でも子宮にメスを入れている場合は基本的には帝王切開になるそうです。でも手術日(曜日)が病院ごとに決まっていて、予定日が決まるころに、「だいたいこの辺かな」と誕生日を決められてしまいます。
「誕生日をこちらが決めてしまうなんてこの子に悪い気がしますね…」と、戸惑う私に先生は「それもこの子の運命だよ」と言いましたが、占いを気にしがちな私はずっともやもや。どうにか経膣分娩で産めないだろうかと調べると、数は少ないけれど経膣分娩で産むことのできる病院はありました。母体へのリスクは多少あるけど、大丈夫なのではないかと夫にも相談しました。すると夫に「少しでもリスクがあるのなら帝王切開で産んで欲しい」と言われハッとしました。確かに夫の立場だったら私でもそう言うでしょう。そうしてやっと私は帝王切開で出産しようと決意しました。
それからは帝王切開についてずっと調べていました。一番驚いたのが帝王切開は局所麻酔で行うということ。子宮筋腫の手術のときは全身麻酔で起きたら終わっていましたが、帝王切開の場合は全身麻酔をしてしまうと麻酔が赤ちゃんにまで効いてしまって産後すぐに産声をあげない(呼吸ができない)可能性があるからだそうです。
それを知って私は軽くパニック。局所麻酔で手術!開腹!!人におなかの中を見られながら意識ありで手術をするのか…。あんなに大きなものを出すのに…??私は妊娠初期から未知の帝王切開手術に怯えて、帝王切開の出産レポートなどを読みあさる日々でした。術後の痛みが怖いというよりは、局所麻酔で手術をすることへの恐怖が勝っていました。そう、小心者です。
でももうおなかの中に赤ちゃんが来てくれたら出すしかないわけで、腹を括るしかありません。私は手術の何日も前からおなかに向かって「あとちょっとで会えるよ、ゆっくり居させてあげられなくてごめんね」とずっと話しかけていました。
そうして無事に迎えた手術当日。私はもう数日前から心臓バクバク…。夫が来てくれていましたが手術に立ち会えるわけではありません。私は安産守りを握りしめてどうか無事に手術が終わりこの子に会えますようにと祈りました。
予定時刻に手術は始まりました。私の心拍は異常なほどあがり、先生から「心拍あがりすぎだよ!」と笑われました。そう言われても自分ではおさえられません。私は一番近くにいる助産師さんの手を奪い取って握り潰すくらい強く握り続けました(絶対痛かったと思うし、内出血しなかったか心配です)。手術は順調に進んでいきます。麻酔もよく効いていて、感覚はあまりありませんでした。でも私はビニールシートの向こうでおなかの中を見られているのかと思うと、平常心ではいられなくて。
先生は、私を落ち着かせようと「カメラマンなんだよね、何を撮ってるの?」なんて世間話をしてくれますが、会話ができる余裕はなく、「い、色々です!」としか返せませんでした。
でも、そんな世間話をするくらい慣れた手術なのだなと安心もしました。少しずつ私も状況に慣れてきたころ、先生が「旦那さん、手術室の扉に耳くっつけて待ってるよ、ドラマみたい。」そう言われ、想像してクスっと笑える余裕も出てきました。
そうして息子は無事に出てきました。初めて我が子を見た瞬間のことは今でも忘れられません。安心して、私は先生や看護師さんたちに「みなさんに出産させていただきました。ありがとうございました…」という言葉と涙が自然と出てきました。先生は笑っていました。
帝王切開で出産したというと、楽をしたとか自然な形で産んであげられなかったとかネガティブに考えがちだったけど、出産を終え子育て奮闘中の今はそうは思いません。
出産はスタートです。このおなかに生を受け、心と体の変化に右往左往しながらもおなかの中で守り抜き、どの妊婦さんも命をかけて出産をしたのです。そしてこれから長い時間をかけ愛情たっぷり育てていく、そっちの方が大事ですね。
PROFILE
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フォトグラファー。自然光での人物撮影を得意とする。大事にしているのは表情。現在写真集の出版と写真展の開催を企画中。
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(制作 * エチカ)