浅間山の裾野に家族5人で暮らすピラティスインストラクター前村詩織さん。赤ちゃんだった息子さんの育休中に映画館に行き、心に誓ったこととは…?
幼少のころからクラシックバレエを習っていました。夢見るバレエ少女は、学生になるとバイト代でせっせと劇場に通い、ダンス公演を楽しむようになりました。
コンテンポラリーダンス、クラシックバレエ、ときどき演劇。バックパッカーで世界中を旅していたときも、各国で必ず劇場に立ち寄ったものです。ベトナムで観た人形劇は、現地の言葉がわからずストーリーがちんぷんかんぷん。北京では京劇を観るとホテルに戻ってさっそく京劇風メイクを試し、ロシアでは名高いバレエ団の舞台を観ました。いつも一番安いチケットで、天井桟敷から見えるのは演者の頭ばかり。それでも至福の時間でした。
新卒で勤めたレコード会社では、晴れてダンス・バレエの映像担当に。仕事で毎月のように舞台を観られるようになり、憧れのダンサーと仕事でご一緒したり、楽屋や舞台袖などの舞台裏や“ゲネプロ”と呼ばれるリハーサルにもアクセスする機会もいただいたりと(これぞ役得!)、ますます舞台に浸る日々を送りました。
ところが、27才で息子を産み、母親になった途端に大好きな劇場がぐうんと遠くなったような気がしたのです。大抵の演目は未就学児の入場NG。有料の託児サービスがある公演もありますが、新米ママだった私には赤ちゃんを預けて長時間の演目を観るのはハードルが高く感じられました。
舞台の魅力はなんといっても目の前で起こっていることを全身で受け止め、味わうこと。劇場という特別な空間で、表現者の一挙手一投足に意識を集中させる。作者の思い、表現者たちの気迫に音響や照明が華を添え、ほんとうに優れた舞台では毛穴一つひとつが開かれてどうっと身体の中に感動が流れ込んでくる…それはほかでは得難い体験です。
ああ、劇場に行きたい…ジリジリと焦がれるような思いを抱きながら育休を過ごしていました。そんなとき、映画館の企画で「乳幼児連れのママ・パパ限定の上映回」があると知り、同じく育休中の友人と連れ立って東京・六本木の映画館に出かけました。
観た映画のタイトルは覚えていませんが、そのときに感じた「これを求めていた!」感はよく覚えています。生の舞台公演ではないにしろ、ひさびさに触れた人間のクリエイティビティはとても刺激的でした。赤ちゃんだった息子が泣かないかヒヤヒヤしていたのですが、ほかのお客さんたちも小さな子ども連れ。こちらの気が楽になったのが伝わったのか、息子もすやすやと寝入ってくれました。
そして帰り道、地下鉄に揺られながら思ったのです。「子どもの感性をはぐくむ子育て中こそ、自分の感性を大切にしよう」と。
映画館でも、美術館でも、推しのコンサートでも、はたまた一人でレストランで少し贅沢なランチを食べるのでもいいのです。自分の感性を喜ばせる時間を大切に。そうして母親が自分の人生を楽しむことが、結局家族の幸せにつながるのだと信じています。
PROFILE
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ピラティスインストラクター。日本で十数名しか保有していないオーストラリアのピラティス国家資格を取得し、ASICS Sports Complex TOKYO BAYなどでクラスを受け持つ。2020年長野に拠点を移し、フリーのインストラクターとして働きながら一男二女の子育て中。
https://www.instagram.com/shiorilates/
(制作 * エチカ)